tkira26's diary

吉良貴之@法哲学のブログ。

GID特例法により性別変更した男性の子の嫡出推定(2013.12.10 最高裁)

性別変更した男性と、精子提供の子は父子 最高裁初判断:朝日新聞デジタル

決定の全文はこちらから。

読みながら思ったことをメモしてみます。

 

【まとめ】

  • 民法722条の嫡出推定について、苦しいバランスを取りながら救済を図ったものといえそう。近時の最高裁の救済志向的な傾向。
  • 嫡出推定の趣旨の解釈からは、かなり保守的な家族観がみてとれる。その一方、血統主義の相対化という点では踏み込んでいる。非嫡出子相続差別違憲決定との関係はいかに。
  • GID特例法には二元的な性別秩序を強化する側面がどうしてもあるが、それと今回の判決の保守的な家族像、および血統主義の相対化との関係はいかに。

 

【メモ】

・すっきり筋が通っているのは岡部反対意見。多数意見はちょいと苦しいバランス取りをしているが、さて。

【参考条文】性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(GID特例法)

(性別の取扱いの変更の審判を受けた者に関する法令上の取扱い)
第四条  性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法 (明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす。

・pp.3-4の下線部、夫婦間に性的関係がないことが明らかな場合には嫡出推定が及ばないとしつつ、しかしGID特例法による性別変更者に婚姻を認めておきながら、婚姻の主要な効果である嫡出推定を認めないのは相当でない、とのこと。この部分はおそらくなかなか苦しい。

【参考条文】民法

第七百二十二条  妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

・今回の決定は、この条文をそのまま読めばそうなるだろう、というものなので何が目新しいかわかりにくいけれども、夫婦関係が破綻している場合など、血縁関係が明らかにないために推定を受けない場合(夫婦関係の破綻、遠隔地居住など)について判例法理を積み重ねているので、それとの整合性が問題になったわけです。

・婚姻の主要な効果としての嫡出推定についてよりはっきりと述べているのが寺田補足意見。「婚姻は、単なる男女カップルの公認に止まらず、夫婦間に生まれた子をその嫡出子とする仕組みと強く結びついているのであって、その存在を通じて次の世代への承継を予定した家族関係を作ろうとする趣旨を中心に据えた制度であると解される。嫡出子、なかでも嫡出否認を含めた意味での嫡出推定の仕組みこそが婚姻制度を支える柱となっており……(p.5、強調は引用者)」とのこと。

・このあたりは怒る人もいるのではないかなあ。

 

・婚姻というのはそういうものであるからして、GID特例法によって性別を変更した者にも婚姻を認める以上は、血縁関係がないことだけをもってそうした前提を否定するのはよろしくないとのこと。

・嫡出推定の仕組みは「血縁的要素を後退させ」るものである(p.6)。うむ。

・木内補足意見はここをさらに突き進めて、嫡出推定は「血縁関係との乖離の可能性があっても、婚姻を父子関係を生じさせる器とする制度としたものということができる。(改行)このような嫡出推定の制度によって、嫡出否認の訴え以外では、夫婦の間の家庭内の事情、第三者からはうかがうことができない事情を取り上げて父子関係が否定されることがないことが保障されるのである(p.10)」とのこと。

・現実には血縁関係のない父子関係はいくらでもある。そんなのをいちいち調べていては法的安定性が損なわれるから、嫡出推定によって血縁関係があるものと「みなす*1」のが法の知恵。一般的な父子関係でも嫡出否認の訴えがない限りは血縁関係の有無なんて調べないんだから、GID特例法による性別変更者だからといってあえて問題にする必要もない、といったところか。嫡出否認の訴えがなされないことを逆手に取った論法ですかね。

・木内補足意見は、法律家ってのはこうでなくっちゃ、という狡猾な話の進め方で好感がもてる。岡部反対意見みたいに筋を通すだけではいけませんよ。

 

・しかしそうはいっても、木内補足意見「血縁関係との乖離の可能性があっても」というのはやはり弱い。可能性どころか、はっきり乖離している。嫡出推定を受けない事情として夫婦関係の実態のなさや遠隔地での居住を認めておきながら、それよりもっと明らかに可能性のない場合を救い出すのはなかなか難儀な話である*2

・血縁関係がないことは「第三者にとっては明らかなものではない(p.11)」としているものの、これはどうか。岡部反対意見は、それ自体は外観的にも明らかな事実だろうとしている(p.15)。ここでいう「第三者」が誰なのかが問題で、戸籍係だったらすぐわかることだが*3、周囲の一般人だったらわからない場合も多いだろう。家族関係の外観の保護を考えるならば、一般人を念頭に置くべきところ。

・血縁関係が明らかにないとかそういった事情はもうどうでもいいのであって、嫡出否認の訴えがない限りは嫡出推定しますよ、というのがいちばんすっきりする。でも、そうすると夫婦関係が破綻している場合の取り扱いが面倒になりますね。

 

・そのへんは子の利益から考えて嫡出推定するのがいいかしないのがいいか実質的に判断すればよさそうだけど、そういう手続きはどうなのだろう。木内補足意見は子の利益についてもいろいろ書いていて(pp.12-13)、ここらへんもなかなか論点がありそうなところ。

・血縁関係がないというのが後でわかったら、子は不本意な葛藤に悩むかもしれないが、そういうのは今回のような場合に限らず、生殖技術の発展とか血縁関係の判定手法の発達によって、「意図せざる判明の可能性は高まるばかり」である。なので、「子の生育状態との関係で適切な時期、適切な方法を選んで親がその子の出自について教示することにより解決されることという他ない」。うむ。

・なんだか余計なことを言ってる気がしないでもないが、子が将来、葛藤するかもしれないから認めてはいかんという類の反対意見はありうるから、あらかじめつぶしておいた感じか。そういうことは法の関知するところではない、ということで健全だと思うのだけど、多数意見の保守的な家族像とどれぐらい整合的かな。

 

・多数意見の婚姻観については、子を生んで育てるのが婚姻制度の中核みたいにいうのってなんなのもう、という反発があってしかるべきところだが、これとGID特例法との関係はどうか。

・GID特例法については、これは相当にセンシティブな問題なので慎重にならざるをえないのだけど、でも二元的な性別秩序に包摂されなかった人々を、元々の戸籍制度自体はいじることなく取り込むものであるからして、やはりそうした秩序を強化する面はある。

・なので、今回の決定が結局のところ保守的な家族像を強化する方向になってしまうかもしれないのは、GID特例法にもともと含まれていた「理論的」難点の延長である。むろん、当事者の救済という「実践的」な面では穏当な結論が導かれているとは思うが(最高裁の「救済」志向はこのところ強まっているようだ)、一定の留保は必要なところ。

・でもこれ、一周まわってそうした家族像を破壊するポテンシャルのある決定でもあって、というのは、血縁関係が明らかにないにもかかわらず嫡出子と認めるものである以上、血統主義にほころびを生じさせる契機にはなりうる。なので、あまり単純に保守的とかどうかはちょっと言いにくいところ。これ、GID特例法で性別変更した場合に限らず、他人の精子を使った人工授精などで生まれた子について一般的にあてはまる論理構成になっているが、それはなかなかに問題含みではなかろうか?

・GID特例法は親子関係に影響を及ぼさないがゆえに保守派からも受け入れられたという面があるが、今回の決定は親子関係を直接いじっている*4。だから見かけ上の保守的な家族観とは裏腹に、血統主義をほころびさせる、けっこう踏み込んだ決定をしたともいえる。一筋縄では評価しにくいものじゃないかしら。

・で、そうするとこないだの非嫡出子相続差別違憲決定の血統主義とけっこうな緊張関係に立つわけで、そこらへんの最高裁の立場はいかに?ということでいったん終わり。

*1:推定と対比される法律用語としての「みなす」ではなく、一般的な意味で使っています、すみません。

*2:木内補足意見「血縁関係の不存在の確定的な証明があれば嫡出推定が及ばないとする見解があるが、これは、結局、血縁のみによって父子関係を定めるということであり、民法772条の推定の趣旨に反し、賛同できない(p.11)」とのことだが、「これは」以降はかなり単純な誤謬推論だろう。

*3:【追記】あ、わからないようになっているんですかねこれ。だったらごめんなさい。

*4:GID特例法第3条の3「現に未成年の子がいないこと」という要件との整合性も当然に問題になるだろう。ちなみに下線をつけた「未成年の」という語は平成20年(2008年)の同法改正時に挿入されたもの。