tkira26's diary

吉良貴之@法哲学のブログ。

「現在」の大学に触れよう

 下野新聞「日曜論壇」に書いた小文です(転載許諾済)。

 オンライン化で大学の知は世界に開かれるという理念的な話と、それを機に社会の潜在的ニーズを探ってリカレント教育を進めていこうという実践的な話です。

  なお、画像の下にテキストと補足もあります

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下野新聞2020年11月8日・日曜論壇「「現在」の大学に触れよう」

 「現在」の大学に触れよう

 「大学の勉強は役に立たない」、「近頃の学生は遊んでばかりだ」といった発言が経済界の有識者からなされることは多い。そうした声を聞くたび、大学教育に携わる者として残念に思う。少なくともここ20年ほど、大学は相次ぐ改革の中にあり、教育体制は大きく変わった。学生も忙しくなり、「レジャーランド」の面影はどこにもない。
 むろん、そうした変化を社会に十分にアピールできていない大学側の責任は大きい。大学は社会の理解を得なければもはや存続できない。そのための努力として、県内の各大学も情報発信や地域貢献事業を積極的に行っている。
 新型コロナウイルスの流行は、そうした大学と社会の関係にも一石を投じた。
 2020年度前期、日本の大半の大学は通常の対面授業ではなく、インターネットを通じて自宅から受講できるオンライン授業(遠隔授業)を行った。期待していたキャンパスライフの機会を失った学生の心情を思うと心苦しいが、感染拡大を防ぎつつ「学びを止めない」ための最大限の試みがなされた。
 受講環境の格差、過剰な課題、学修意欲の低下など問題点もあったが、チャットや掲示板を使った双方向化の徹底など、オンライン授業ならではの利点も認識された。私の授業(法律学)では、裁判例などの文章を注意深く読む作業に特に効果的だったように思う。
 後期からは多くの大学で対面授業が再開されたが、オンライン授業は今後も、場所に縛られないという最大の利点を生かして定着していくだろう。これは大学の知が社会に開かれていくことでもある。教育コンテンツの公開は世界的な流れである。日本でも先駆的な試みとして、「ユーチューブ」等の動画サイトでの授業公開も行われるようになってきた。大学だけでなく、一般のオンライン読書会・研究会も多く開催されている。
 専門的な知識を大学という場所に閉じ込めておくのはもったいない。また、学生という人生の一時期にしか触れないのももったいない。オンライン化は場所と時間の縛りを緩め、以前とは異なる知識に触れるためのハードルを一気に下げた。若者たちと共に学ぶ体験はきっと刺激的であるはずだ。
 実はこれは学校卒業後も学び続ける「リカレント教育」への誘いでもある。少子化が進む中、社会人向け教育は大学の生き残りにとって最重要の課題である。しかし開講時間・場所の制約や、授業内容のミスマッチのため、大きな広がりになっていないことが指摘されてきた。潜在的なニーズを掘り起こす努力が大学に求められている。
 知識は常に更新されなければならない。そうでないとすぐに古びてしまう。それは学ぶ側だけでなく、知を生産する大学にとってもそうである。オンライン化の進展は大学教育に対する社会の視線を一層厳しくするはずだ。そこで行われる大学と社会の対話は、きっと有意義なものになるだろう。

 

 文献

学び直しの現象学―大学院修了者への聞き取りを通して
 

 

 

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