tkira26's diary

吉良貴之@法哲学のブログ。

法哲学関連の国際ジャーナル

 法哲学を専門にしている、英語の国際ジャーナルには以下のようなものがある。ひとまずこれらが、いわゆる「トップジャーナル」(少なくともそれに類するもの)といってよいものだろう。

 これはそのまま、私がよく読んでいるジャーナルの順番になっている(太字にしているものは法哲学分野の「四大ジャーナル」と呼ばれることもある。ジャーナルにはそれぞれ、だいたいの特徴がある。

各ジャーナルの特徴

  • Ratio Juris 法哲学法思想史全般を扱っており、掲載されている論文も20ページ前後と短いものが多い。英語ではあるが、ドイツ語圏の議論をテーマにする論文も多いことは特色だろう。この分野の世界的なトレンドをざっと押さえておくのに便利なジャーナルといえる。ただ、短いこともあってか、論文の水準はさまざまである。
  • Oxford Journal of Legal Studies は、私の見るところ、現在、法哲学分野で最も水準の高いジャーナルだと思う。ただ、テーマはある程度絞られていて、いわゆる法概念論とか一般法理学といったもの、もっと特定的にいえば H. L. A. ハートの議論を何らかの形で受け継ぐものが多いように見受けられる。しかしその一方、実定法の基礎理論であることを目指した論文が多く載っていることも大きな特色である。
  • Law and Philosophy 法哲学分野を広くカバーするジャーナルであり、一論文あたりの分量も多いことから、しっかりした内容のものが載っているように思う。このジャーナルで「はずれ」の論文を見ることはあまりない。ときどきなされている特集も充実しているものが多い。また、書評を多めに載せているので、重要な新刊書籍をチェックするのにもよい。
  • Legal Theory かつて最も高水準といわれていたが、最近はかなり雑多に広がっているように思われる。正直なところ、現在では面白そうな論文があればつまみ食いで読むぐらいでよいと思う。どのジャーナルでもそうだが、編集委員会のメンバーの移り変わりなどによって、同じジャーナルでも性格がかなり異なってくる
  • ARSP: Archiv für Rechts- und Sozialphilosophie は、法哲学分野の国際学会である「法哲学・社会哲学国際学会連合(IVR: The International Association for the Philosophy of Law and Social Philosophy)」のジャーナル。英語だけでなく、ドイツ語ほか、いくつかの言語の論文が載っている。世界レベルでの法哲学の多様性がよくわかる。
  • JurisprudenceCanadian Journal of Law and JurisprudenceJournal of Legal Philosophy あたりは、私としては毎号の目次を見て、気になるものがあれば読むという程度である。どういう傾向や特色があるのか、それほどはっきりしないという印象をもっている(だからいけないというわけでもない)。

 大学院の修士課程の院生や、これから大学院入試で何か専門的なテーマを決めたいけれど何を手がかりにすればよいかわからない、という方には、上記のうちだと Law and Philosophy  Legal Theory あたりはわりと具体的というか実践的なテーマの論文が多いので、参考になるだろう(英語の勉強も兼ねて)。ピンときた言葉があれば Stanford Encyclopedia of Philosophy でどんな議論があるかを概観して、そこに載っている文献をたどっていけば(そして下記の隣接分野も含めて各ジャーナル内でその言葉を検索して読んでいけば)論じるべきことが見えてくると思う。

 私のときは少なくとも院試レベルで英語文献をがんがん読むことは求められていなかったし、今でもたぶんそこまでではない。まあでもだんだんそういうのがスタンダードになってくるのは確実なので、できるだけ慣れておくのがよいです。

 この他にもいろいろなジャーナルがあるが、私がある程度以上に定期的にチェックしているのはこれぐらいである。この他、Law & Literature などのように、より特化したテーマのジャーナルもたくさんある。またもちろん、ドイツ語やフランス語にも重要なジャーナルがあるが、私はときどき眺める程度である(フランス語だとたとえば、Revue interdisciplinaire d'études juridiques など)。

アメリカのロージャーナル

 重要なこととして、アメリカのロージャーナルにももちろん、法哲学分野の重要な論文が多く掲載されている。ただ、こちらはジャーナルの数が多すぎて、法哲学関連は埋もれがちなので、私はあまりチェックできていない。

 アメリカのロージャーナルの特徴的な査読システム(異様に細かい参照が要求される)の結果なのだろうが、長い論文になりがちということもある。これは判例分析が必要な実定法分野の論文では重要かもしれないが、法哲学分野の論文に適したあり方かどうかというとよくわからない(公平のために、ロナルド・ドゥオーキンの論文はアメリカのロージャーナルによく載っていたことを付け加えておこう)。少なくとも私は、読むのがものすごくしんどい。他の論文の参考文献からたどったり、著者名などから判断して、重要そうなものを読んでいくぐらいになっている。

ジャーナル論文の位置付け

 参考になるものとして、Brian Leiter のブログ記事 "Legal Philosophy Journals"(2006年10月)がある。相場観としてはだいたい、私が上に書いたようなこととそれほど変わらないと思う。ただ、十数年が経過して、事情が変わったところも多いだろう。おそらくかなり多くの学問分野に共通することだが、この20年ぐらいで、国際ジャーナル論文の研究上の重要性が飛躍的に高まっている。各ジャーナルもそれに応じて変わっている最中である。仲間内の水準の低い論文を載せているものはすぐに読まれなくなる。

 かつてであれば、優れた論文はやがて書籍にまとめられるだろうから「最新の流行」をそうそう追いかけるものではない、といったことも言われていた。しかし、もはやそれはあてはまらなくなりつつある。もちろん、書籍としてまとまったものをじっくり読むことも大事だが、それだけでは下手したら十年単位のタイムラグが生じてしまう。流行を追うのは哲学的な態度ではない、などといっていると致命的な見落としが生じかねない。最先端の熾烈な競争も一応はチェックするのがよいだろう。

書籍

 書籍として出版されるものでは、Oxford University Press が頭一つ抜けている。次に、Cambridge University Press、Harvard Universty Press というところ。Springer もたくさん出しているが、特に論文集はかなり雑多なものも多い。

 このあたりの新刊案内をチェックし、あと Law and Philosophy の書評を見ておけばそうそう取りこぼしはないと思う。

近年は Oxford Handbook、Cambridge Companion、Routledge Handbook といったシリーズものがたくさん出ており、法哲学分野もある。そのトピックでどんなことが問題になっているか、目次だけでも見て概観するのもよいだろう。内容的にも、自身の主張を押し出すというより、サーヴェイ的なものが多いようである。ただ、だいたい分厚いので、通読するようなものでもない。

隣接分野のジャーナル

 ここで紹介したジャーナルは法哲学分野といっても、とりわけ法概念論・一般法理学、および実定法基礎理論が中心となっている。法哲学にはもちろん、正義論・法価値論というもう一つの大きな分野がある*1。そうした論文も今回のジャーナルにある程度は載っているが、研究を進めるうえでは当然、政治哲学、道徳哲学、倫理学といった分野を見ていく必要がある。

 私が定期的にチェックしているジャーナルは Philosophy and Public AffairsEthicsUtilitasEuropean Journal of Political Theory といったあたりになるが、隣接分野も含めると膨大な数になってくる。同じく Brian Leiter のブログ記事 "Specialist journals that publish the best articles in moral and/or political philosophy: the results"(2022年8月) に便利な一覧が載っているので、そちらを参照してもらうのがよいだろう。こちらは定期的に更新されている。

オンラインデータベースの格差

 今回紹介したジャーナルはほとんどオンラインで読むことになる。その場合、所属大学にどのデータベースの契約があるかによって、論文へのアクセスが大きく変わってくる。上述のジャーナルはおおむね、Wiley や Springer、および Oxford と Cambridge の大学出版会のデータベースで読むことができる。このあたりは比較的多くの大学で契約があると思われる。しかし、たとえば SAGE、Taylor & Francis、また Chicago 大学出版会といったデータベースになると、日本の大学での契約数は少なくなってくる(JSTOR で読むことができるが数年遅れ、といったこともある)。法学系だと Hein は重要だが、契約している大学はあまり多くない。

 こういったデータベースの格差は今後、より厳しいものになってくるだろう。大学を超えた契約のあり方を考えるなど、早急の対策が必要である。

 

*1:法学方法論を入れて三大分野にすべきだという人もいるのだが、出てくる文献の量が圧倒的に違う。内容的にも、法概念論・一般法理学に入れて考えるのがよさそうに思う――といっても、そういうジャンル分けにたいした意味はない。