tkira26's diary

吉良貴之@法哲学のブログ。

「人」が裁く意味、考えよう

 下野新聞「日曜論壇」に書いた小文です(転載許諾済)。

 アメリカ連邦最高裁判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏の逝去にともない、日米の裁判官イメージの比較、AI裁判官の可能性、裁判員裁判の意味、といったことをまとめてみました。

  なお、画像の下にテキストと補足もあります

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下野新聞2020年10月4日朝刊・日曜論壇、吉良貴之「「人」が裁く意味、考えよう」

 

 「人」が裁く意味、考えよう

 先日、米連邦最高裁の女性判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏が87歳で亡くなった。男女平等に向けた長年の闘いで知られるリベラル派の重鎮だった。

 ギンズバーグ氏は「RBG」という愛称で親しまれ、晩年にはその半生を描いた映画もヒットした。他の米最高裁判事も一般向けのテレビ番組などに出ることが多く、それぞれ個性豊かなキャラクターを発揮している。

 他方、日本の最高裁は15人の裁判官によって構成されているが、皆さんは何人の名前をご存じだろうか。ほとんど知らない、ないしは全く知らないという人がおそらく大半だと思われる(現在のメンバー)。

 日本の現役裁判官が一般のテレビ番組などに出ることはない。判決文の中でも、各自の個性はそれほどはっきりしない。そのため、衆院選とともに行われる最高裁裁判官の国民審査でも、何を材料に判断すればよいか分かりにくいのが実情だ。

 もちろん、米国と日本には異なった法文化の伝統がある。米国ではそういった「顔の見える」判事たちによって歴史がつくられてきたのに対し、日本では人によって結果が変わることのない公正さが支持されてきた。

 もし、どの裁判官が担当になっても同じ結果になることが望ましいとすれば、極端な話、生身の人間が裁判を行う必要もないかもしれない。人工知能(AI)技術が進歩すれば、判決が自動販売機のように出てくる未来も夢物語ではない。個性を持った生身の人間による裁判が重視される米国とは異なり、日本ではAI裁判官にさほどの抵抗感はないのではないか。むしろ人間よりも正確で公正だと歓迎されるかもしれない。

 しかし当然ながら、裁判は単なる計算ではない。

 日本では2009年、一般市民が刑事裁判の第一審に参加する裁判員裁判が始まった。開始から10年余りがたったが、裁判員裁判に対する国民の見方はどうか。裁判員を務めたいかどうかというアンケートでは「務めたくない」という回答が多数を占める。

 凶悪犯罪に向き合うことの精神的負担や、裁判の長期化による仕事への支障など、理由はさまざまであり、今後に向けた改善が必要であることは確かだ。しかしその拒否感の根本には「誰がやっても同じ」という、裁く側への無関心がないだろうか。

 米国の陪審員裁判は、参加したいという希望が多いことで知られる。自分たちの町の事件は自分たちで解決する、という民主主義の思想がその根本にある。個性的な判事が人気なのも、自分たちと同じ人間であると感じられるからだろう。

 日本でも裁判員裁判経験者へのアンケートでは「やってよかった」という回答が9割になる。事前とは正反対だが、人の一生がかかった事件に真剣に向き合った結果だろう。裁判は「人が人を裁く」営みであり、それ故の重みがある。AI裁判官には果たせない役割と責任とは何か、改めて考えてみたい。

 

  「AI裁判官は可能か?」という問題について、上の小文の関心とはやや異なるが、以下の宇佐美誠編『AIで変わる法と社会』(岩波書店、2020年)所収の西村友海「判決自動販売機の可能性」が興味深い。 

 西村論文はAIによる裁判の自動化について、その魅力を探りつつ、法解釈とはそもそも何をすることなのかという根本的な問いに立ち返りながらその限界を論じる。たとえば法解釈の客観性がなぜ魅力的でありうるのかについて、制定法の(民主的)正統性を保存する仕組みとして法的三段論法を捉える見方は、論理学に造詣の深い著者ならではの議論である。そして、AI裁判が可能かという問いについては、大屋雄裕の根源的規約主義を援用しながら、法解釈において法共同体の〈我々〉が行っているコミュニケーションの成立の可否にかかっていることを指摘し、少なくとも現時点でAIはそのメンバーと認められていないと述べる。これはもちろん将来のAI技術の進歩によっては変わりうるし、また最終的には、裁判制度を含む、統治手段をどのように捉えるのかという問題に帰着するという。

 以上は私の理解した限りでの紹介だが、いくつかの疑問について著者と直接やり取りし、さまざまな教示を得た。詳細については今後の論文に期待したい。

AIで変わる法と社会――近未来を深く考えるために

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