tkira26's diary

吉良貴之@法哲学のブログ。

キャンパス・ハラスメント防止啓発委員会より――大学1年生に向けて

 こんにちは、法律学担当の吉良です。これから10分ぐらい、キャンパス・ハラスメント防止委員会からのお話をします。お配りの資料のなかにパンフレットが入っていますので、それを見ながらちょっと聞いてください。

キャンパス・ハラスメントとは何か?

 キャンパス・ハラスメントというのは、聞いたことない言葉かもしれませんが、大学のなかで、あるいは大学内じゃなくても、大学の人間関係をもとにして起きるいやがらせ、いじめのことです

 たとえばみなさん、セクシュアル・ハラスメント、セクハラという言葉は聞いたことありますよね。その「ハラスメント」と同じ言葉です。セクシュアル・ハラスメントは「性」に関わることですが、キャンパス・ハラスメントはもっと広く、大学に関わるいやがらせ、もっというと「なんだかいやなこと」全般です。これは先生と学生の関係でもそうですし、みなさんこれからサークルに入ったりバイトしたりすると思いますが、そこでの上下関係、もっというと「断りにくい」関係で起こりがちなことです。もちろんそれだけでなく、同級生のあいだでもなんだか「断りにくい」関係はあると思いますので、要するに誰とでも起こることだと思ってください。

  で、ハラスメントってなんですか?という疑問が当然あると思います。はっきりこれ、というのは難しいんですが、もちろん典型的な例はあります。たとえば、指導を受けている先生にごはんに誘われた、断ると単位を認めてもらえなさそう、みたいなことは悪質な例といえます。他にもいろいろありますので、そのパンフレットに書いてあることをよく見ておいて、ちょっとこれに近いんじゃないかな?と思うことがあったら気をつけてほしいなと思います。

微妙なモヤモヤが積もり積もるのが危ない

 ただ、ハラスメントの難しいところは、いやがらせなのかちょっとした軽口なのかわかりにくい、すごく微妙な場合が多いことです。友だちどうしでも、たとえば今日の服装なんか変わってるな、とか、最近ちょっと太ったんじゃない、とか、いろいろありますよね。仲良しだったら普通の会話かもしれませんが、でもなんかそういうこと言われたらイヤだな、とモヤモヤすることもたくさんあると思います。

 こういうのって、最初はちょっとしたことかもしれませんけど、積もり積もるとストレスがたまってきます。で、ああ、なんかもう大学行きたくないなー、あの人に顔を合わせたくないな―、もう休んじゃうかな、となることもあるんですよね。それで大学にずっと来なくなっちゃう。そうなると困りますので、その前に、何かちょっとでもモヤモヤしたことがあったら遠慮せず相談に来てね、というのがこのパンフレットの趣旨です。電話でも、メールでも、方法はなんでもかまいません。もちろん、みなさんの秘密はきちんと守りますので、相談したことがバレて何か困ったことになる、ということは絶対にありません。

 相談してもらった場合、大学としていろいろ対応することになります。カウンセラーさんにも毎週来てもらっていますので、必要であればそちらを紹介しますし、いじめなどが起こっている場合には調査してきちんと解決するようにします。何かすぐ解決したいというわけでもないんだけどー、という場合もあるでしょうが、モヤモヤをとにかく誰かに話すだけでも気分が軽くなることはあります。だからとにかく気軽にね、ということです。大学側としてはみなさんの勉強の環境をよくする責任がありますので、こういうのは遠慮せず利用してほしいと思います。

大学には警察さえもそう簡単には入れない

 で、ここまではうちの大学の相談体制はしっかりとしています、気軽に相談してください、という話なんですが、みなさんは新入生なので、せっかくなので「大学ならでは」の話もしましょう。僕は法律学の担当で、日本国憲法の授業はみなさんたぶん受けてくれると思うんですが、そこで出てくる言葉に「学問の自由」「大学の自治」という理念があります。これと少し関係づけてみます。

 「学問の自由」「大学の自治」といっても耳慣れない言葉かと思いますけど、これは昔は基本的に大学の先生の自由のことだと考えられてきました。先生方が国家権力から邪魔されずに自由に学問研究をする、ということですね。それはとても大事なことですが、でも大学ってやっぱ先生だけのものじゃなく、学生第一のところだし、それ以外にも職員の方々とか、場合によっては地域の方々とか、いろんな方々が関わっている場所です。憲法の議論でも最近は、そういう総合的な場所としての「大学」の意味を考えるようになってきています。

 大学って、世間とはちょっと違うところがあるんですね。少し変な例を出してみましょう。ここで私が、そちらにいらっしゃる先生のお財布をこっそり盗んだとします。これはまあ、窃盗罪という犯罪ですよね。でも、犯罪だからといって、110番したらすぐ警察がここの教室まで来るかというと、そんなことないんです。まずは大学当局、ここでは事務局になりますが、警察がそちらに行って、捜査していいっすかねー、と一応許可を取ってから来ることになってます。逆にいうと、大学側で、いや、これは大学の問題なんでうちで解決します、なので警察さんはちょっと待っててください、ということになれば警察はそれを尊重してくれるわけです。こういうのはどこかの法律に書いてあるという話ではなく、慣習的にそうなっている、というものですし、窃盗のような軽い犯罪だからまあ、ということもあります。もちろん殺人事件みたいな重大なことだったらさすがにそうもいきません。が、原則として、大学で起こったことは警察が捜査する前にまずは大学のほうで解決を試みる、というのが大事だとされています。

 さて、これ、みなさんちょっと不思議に思うかもしれませんね。犯罪が起こった以上、すぐ警察が来て捜査してくれないと不安ではないでしょうか。でも、なぜそういう慣習ができているのか、ということの意味を考えてもらいたいんです。みなさんはこれから大学で勉強します。もっといえば、大学という場所をみんなで作り上げていくわけです。そこには、警察さえもそう簡単に口出しできないぐらいの自由と責任が認められている、ということです。自分たちでトラブルを解決していく、自分たちでルールを作っていく、それが大事なことなんですね。

自分たちで大学を「つくる」ということ

 これは要するに、みなさん大学生には、もちろんみなさんだけでなく私たち教職員も含めてですが、自分たちのトラブルは自分たちで解決していく、自分たちのルールは自分たちで作っていく、大学人にはそういう自由と責任がある、ということなんですね。これはこれまでの中学・高校や、あるいはこれから卒業して入る会社などにはなかなかない、「大学ならでは」のことです。

 話を元に戻しましょう。キャンパス・ハラスメントというのは、最初はちょっとしたいやがらせかもしれませんけど、どんな小さなことでもちゃんと自分たちで解決していく、いやなことを後輩たちに残さない、そういう責任ある取り組みが必要なことです。自分だけ我慢したら別にいいやー、と思ってしまいがちなんですが、それはよくなくて、何かモヤモヤしたことがあったらとにかく誰かに言ってみる、それが大切なんですね。その小さな一歩によってトラブルが少しでも解決され、やがて大学生活のルールが変わっていきます。大学はそうやって自分たちでトラブルを解決し、自分たちでルールを作る、そういう大切なことを学ぶ場所であるといえます。それはみなさんが大学で学ぶことのなかで、すごく大切なことです。大学というのは単にいろいろな科目を学ぶだけのところではありません。そういうトラブル解決やルール作り、ちょっと大きな言葉でいえば「民主主義」とか「自治」といったことにもなりますが、それを実践する場でもあるんですね。

 ということで、なんだか大きな話になってしまいましたが、まとめると「一緒にいい大学をつくりましょう」ということです。キャンパス・ハラスメント対策というのはその取り組みのひとつです。何かモヤモヤしたことがあったら、誰でもいいので言ってみる、これを心がけてください。そのちょっとした一言から大学が変わっていくんです。

 

【追記】

 キャンパス・ハラスメント問題についてさらに突っ込んで検討したものとして、こんなスライドがあります。ご関心をもってくださる方はご覧ください。