tkira26's diary

吉良貴之@法哲学のブログ。

映画「ビリーブ 未来への大逆転(On the Basis of Sex)」

映画「ビリーブ 未来への大逆転」(2018年、アメリカ)を観てきました。脚本がネットで公開されているので(こちら:PDF)、観客はそれを7回読んでいることが当然の前提とされています。したがってネタバレには配慮しないので、そういうことを気にする方は以下読まないでください。

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映画「ビリーブ 未来への大逆転」

アメリカ連邦最高裁裁判官でリベラルのアイコン、ルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG)の若いころを描いた映画で、普通そんなものが面白いわけないんですが、案外うまく作ってありました。アメリカ法の知識があるとさらに興味深い、かというと別にそんな映画でもないので、そういうこと言う人はただの自慢だと思います。RBG が誰かとか知らなくても十分に面白く鑑賞できるはず。とはいっても「先例」という言葉の重みがリアルに感じられるかどうかというのはそれなりに大きいかもしれない。

ドキュメンタリー映画のほうの「RBG 最強の85才」もすぐ公開されるようで、ちょっとしたブームになっていますね。これは RBG だけでなく、アメリカの連邦最高裁裁判官はこんなふうにキャラ立っている人がいます。日本だと裁判官は公平無私であるべきで、キャラ立ちするのは敬遠されそうですが(それこそ AI 裁判官にあまり抵抗がなさそうな)。

女の生、男の法

本作は伝記的エピソードを一通り並べようとせず、1つの事件(男性介護者の差別問題)に絞ってまとめたのが功を奏したようです。まだ少なかった女性法律家として苦労した RBG の「未来への大逆転」、というといかにもなフェミニスト映画という感じで、実際、主題としてはそうなのですが、そこで反発されないようにいろいろと注意していることがうかがわれます。この事件も、男性で高齢の親を介護している方に、「性別のために(On the Basis of Sex)」税法上の控除が認められていなかったことを訴えたもので、性差別的な法律によって女性だけでなく男性もまた縛られている、ということが強調されています。

当該事件については夫のマーティン・ギンズバーグ氏の回想があります*1。このマーティン氏が RGB に言った、「きみが税法に興味を持ってくれるなんて!(I’m just thrilled by your sudden enthusiasm for tax law.)」という台詞が感動的で、そしてフェミニスト映画としては引っかからないでもない。税法というのは「男の法」というイメージがあるのかな、というのが、マーティン氏を演じる アーミー・ハマー 氏のずいぶんと大柄な身体ともあいまって印象付けられている感じです。ほか、台詞や話の筋のレベルではフェミニスト的な要素がたくさんあるものの(料理や育児は主に夫のマーティン氏が担当しているようです)、ところどころそういう詰めの甘さを感じないでもない。

映像表現のレベルでも、RGB の服装とか、焦りを表す細かい演技からは、コケティッシュな印象を強く受けます。それは本作のヒロインの大きな魅力になっているわけですが、性差別的な法システムに対し、そういったフェミニンな要素を対置させることはかえってステレオタイプを強化しそうにも思えて、どうも危なっかしい感じがする。こういうちょっとした危なっかしさが逆に教条的な感じをやわらげているようにも思えるので、フェミニスト映画としての是非は難しいところだと思います。

続けてください、ギンズバーグ「教授」

ラストの弁論では、それまでいまいちうまく話せなかった RBG が、Holloway 判事"Go on. Professor Ginsburg." という促しによって一気に雄弁になります。ここはこの映画の感動的なクライマックスというところでしょう。

それまで弁護士としてクライアントの利益を守るには、という思いのためにどうも身動きが取りづらくなっていたところ、professor と呼びかけられたことでアメリカ法の歴史全体を見通す観点からの話が可能になったということか。つまり、過去100年以上にわたる性差別的な法への闘いの積み重ねがあり、そして将来にわたって終わることのない「権利のための闘争」である。この裁判は決して一人のクライアントの私的利益のためのものではなく、性差別的な法によって苦しめられている、男性も、将来の人々も含む、すべての人々のためのものであると。

ここでの RBG の弁論はいかにも大きな夢を語っていて、あまり大きな話にしすぎないことという当初の訴訟戦略から逸脱しています。学生時代の教授の一言「法は時代に合わせて変わる」という伏線を一気に回収しているようで、話の作り方としてもどうかなという気がしないでもない。それはそれで「大逆転」感を高めているのでよしとしたものでしょうか。

それまで意地悪を繰り返していた判事のこの呼びかけは、弁護士としての経験がなかった RBG に対する単なる嫌味のようにも思えますし、まだ残っていた reason の無意識の現れであるようにも思えます。

 

補:タイトルについて

邦題の「ビリーブ 未来への大逆転」というのは、いかにもあれな感じがしますが、原題の "On the Basis of Sex" も素っ気ないのでどうしたものか。

他の国ではどうかと調べてみたところ、フランス版は「例外的な女性(Une femme d'exception)」で、これもなんじゃそらという感じ。中国版の「法律女王」はちょっと強すぎる。韓国版の「世界を変えた法律家(세상을 바꾼 변호인)」とか、ドイツ版の「天職:正義への闘い(Die Berufung: Ihr Kampf für Gerechtigkeit)」といったあたりがちょうどよさそうな感じもしますが、まあどんなものでしょう。

「ビリーブ」なんてぽわっとした言葉よりは、ドイツ版をもじって「ベルーフ:未来への闘い」ぐらいがよさそうにも思えますが、ベルーフなんてカタカナでは通じないかしらん。

*1:Martin D. Ginsburg, How the 10th Circuit Court of Appeals Got My Wife Her Good Job, 40 Okla. City U. L. Rev. 165, 2015.