「法と法学の発展」『法学入門』(北樹出版、2019年4月)参考文献 (2)
1の続きです。
3. 古代ギリシャ・ローマの法思想
西洋思想の基本的なことはほとんど古代ギリシャ・ローマの時代に、萌芽的な形であれ現れているといえます。なので当時の思想から学ぶのが西洋法思想史の始まりとなりますが、なんといっても2000年以上前のことです。
2000年以上前の人々に「おまえ間違ってるぞ!」と言えてしまうのが(そしてそれが最先端の研究になってしまうのが)面白いところです。しかし、現代の価値観で過去について議論することには慎重でなければなりません。
3.1 古代ギリシャ
古代アテネの「民主主義」ひとつとってみても、現代でいう民主主義とは異なった部分がたくさんあります。何がどう異なって、そしてどう共通しているのか、といったことを学んでいくわけですが、その前提として、当時の社会がどういうものだったのか、という文脈をある程度は知っておく必要があります。
古代アテネの「民主主義」がどういうものだったのかについての、しっかりとした解説です。民主政治において、人が作るものとしての法という考えを推し進めた「ソフィスト」たち(「人間は万物の尺度である」という相対主義のプロタゴラス、正義は強者の利益であるという実力主義のトラシュマコスなど)の思想は、法と道徳を区別する(ある法とあるべき法を区別する)「法実証主義」という発想の原型を示しているといえます。
いわば「法」はそれぞれの時代や社会ごとに異なって存在する、というソフィスト的な考え方に対し、いや、普遍的な性質があるはずだ、と論じたのがおなじみ、ソクラテス、プラトン、アリストテレスといった人々です。それぞれの思想の中身は異なりますが、ソフィストたちの「正解なんてない」という主張に対し、「いや、ある!」と反論していったと考えれば議論の構図がわかりやすくなると思います。
古代ギリシャ哲学については無数の研究書がありますが、ソクラテス、プラトン、アリストテレスについてはいきなり読んでみてもいいと思います(ソクラテスは著書を残しませんでしたが、弟子のプラトンが実況したものが残っています)。
短いものは青空文庫にあったりしますので、たとえば「クリトン」を読んで、死刑判決を受けたソクラテスの闘い方は果たして適切だったのだろうか?と考えてみるのもいいでしょう。さらにガンディーやキング牧師の非暴力・不服従運動につなげて「悪法も法か?」問題に取り組んでみるのもいいと思います。
そんなふうにいきなり難しいことを考えるのもあれですので、こういった気軽な読み物で当時の雰囲気を想像してみるのも楽しいかもしれません。あるいはツイッターのネタですが、
パイドロス「それはぜんぜん気がつきませんでした」(『パイドロス』229C)
— ソクラテスの取り巻き、相づち bot (@sonotoridesubot) March 22, 2019
こんなのを眺めてみるのも、ほっこりします。
3.2 古代ローマ
古代ローマでは、ギリシャと違って実用的な技術(建築術など)が発展した、「ローマ法」もそのひとつだ、といわれることがあります。
19世紀ドイツの法学者、ルドルフ・フォン・イェーリングは、著書『ローマ法の精神』で「ローマは三度世界を征服した」という有名な言葉を残しています。一度目は武力によって、二度目は宗教(キリスト教)によって、三度目は法(ローマ法)によって、ということです。
武力という「ハード・パワー」による支配は、一時的にはどうにかなっても、その後に長続きするかどうかは宗教や法、文化といった「ソフト・パワー」の面も重要になってきます。これは現代でも同様ですので、たとえば、アメリカの世界政策でうまくいっている部分といっていない部分の分析にも役立つでしょう。
- 作者: ジョセフ・S・ナイ,山岡洋一
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
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ローマ法はローマ帝国の発展とともに精緻化し、ヨーロッパ全体に広がっていき、後のヨーロッパ世界の「法」の重要な淵源となりました。その発想は、日本法にも多く取り入れられています。
とはいっても、ローマ法は個別の裁判の積み重ねによって発展していくという、手続法的・判例法的な側面が強いものなので、なかなか「これ1冊を読めばわかる」といった本がなく、勉強するのが難しくなっています。
代表的な教科書としては木庭顕先生のこの本がありますが、相当な歯ごたえがありますので、かなり意欲のある人向けです。
ローマ法の入門、というよりは木庭先生の議論の入門といった感じになりますが、一般向けに書かれた本書は、古今東西の映画や演劇を素材にして、古代ギリシャ・ローマ的な法の原理をわかりやすく解き明かしていきます。こんなふうに芸術作品からその当時の人々の「法」についての考え方をたどっていく「法と文学」というジャンルがあり、ちょっと変わった角度から「法」にアプローチすることができます。
(3に続く)